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USSペリー

 深度82m、ミクロネシア唯一のアメリカ軍の沈船。1944年9月14日に日本軍の機雷に接触し沈み、2000年5月1日にフィッシュアンドフィンズの捜索隊によって発見されました。

 1944年9月14日にアメリカの機雷掃海船USSペリーは機雷に接触しパラオの群島の一つ、アンガウル島南に沈みました。56年後の2000年5月1日に当ショップの調査隊が探索を開始しオーナーのナボット氏によって80mの深さで発見されました。ナボット氏とPADIインストラクターのジェフ・オネンバーグ氏は5月1,2日に新たに発見された沈船に潜った第一人者でありました。

 この長編大作は1944年9月14日にDMS17、USSペリーが(6隻の機雷掃海船と共に)アンガウル島への侵入の前にその水域を捜索したときに始まりました

 14:07分USSペリーは機雷に接触し2時間後に沈みました。爆発で9人の水平が亡くなりました。20分以内に船は30度に傾き「放棄された船」の勲章が与えられました。 USSサザードがレスキューに向かい140人の生存者のうちの1人がラリー・タンク氏でした。タンク氏は1年以上住んだこの船と亡くなった乗組員のことをけしって忘れませんでした。年月が過ぎて彼はこの船や乗組員に関する情報や関連品を収集するようになりました。

 1999年、ラリー氏は当ショップにこの船の探索について依頼した。当ショップは沈船の探索において有名で、初代オーナーのフランシス・トリビオンは、パラオで第2次世界大戦時に沈んだ 日本軍艦隊のほとんどの探索を手がけていました。

 当日のルートの記録や、この船の沈没に関するアメリカ海軍の公式記録などの資料のコピーを携えて、2000年4月29日、ラリー氏はパラオにやって来ました。5月1日、彼はオーナーのナボット氏、ガイドのジェフらとともに、海に沈むUSSペリーを発見するべくアンガウル島を出発しました。これまでこの船の発見の試みは現地で幾度となく失敗に終わっていたが、彼らはわずか4時間でUSSペリーを探し当てました。船は水深75mに沈んでいました。これが確かにUSSペリーであると立証するために、ナボットとジェフは水中に潜りました。水深40mで、船のシルエットが見え、水深50mで船の全景がつかめ細部も確認できました。まさしくUSSペリーだったのです。ラリーは78歳の彼の誕生日に、長年の夢であったUSSペリーとの再会をついに果たしました。
 エンジンルームの爆破により、沈んだ時船は半分に割れたが2つの部分はまだつながっていました。船尾は東西に、船首は南北に横たわっています。1本目のダイブでナボットとジェフは沈船を発見しました。2000年5月2日にエンジンルームのポートサイド側にある1,3mのスタンガンを含む船尾部分が確認されました。アンガウル島周辺の透明度は並外れています。(100m以上で水面にあるボートが水底から見えます。) 捜索隊が1本目から帰ってきたとき、ラリー氏は嬉しさのあまり服を脱ぎ水中に飛び込みました。(56年前にやったように)ナボットとジェフに抱きついて泣き崩れ彼の長年の夢をついに果たしました。当ショップはそれ以来手付かずのレックへダイバーを連れて行っています。

 

 

 






 

 


Photography by Kevin Davidson



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